週末は解禁日なので、しこたま飲んでいるちゃんさとです。
♯利用者さんに「おやつ我慢してます??」とか言えた義理じゃない
さて。
本日は「スーパービジョンって何だっけ??」ってテーマです。
土曜日は今週からフリーテーマの回。その週にあったことや感じたことを話す日にしました。
で、今週あったこと。
相談支援専門員なら確実に一度は受けている、初任者研修。
今年度から要件が変わって経過措置がなくなり、2年のあいだ相談支援をやっていないと、現任研修ではなく初任者研修からやり直しになりました。
実際「資格を流してしまいました」という方も多くて、各地でいろいろな初任者研修が動いていると思います。
その中に「実地実習」という、スーパービジョンを行う日があるんですよ。
おととい、その場面に立ち会ってきました。
ここが、今日のテーマです。
スーパービジョンって何だっけ
まず言葉の確認から。
対人援助の仕事には、先輩や指導役の支援者に自分の支援をふりかえってもらう場があります。
これがスーパービジョン。
支援って一人でやっていると、だんだん自分の癖に気づけなくなるんですよね。
だから外から見てもらう。支援者を支援する仕組み。
やれていないことや、これからのアクションに自分で気づいていける、なんとも素敵な仕組みなんです。
…のはずなんですよ。
指摘、指摘、指摘

その日に見た場面は、こうでした。
「ここが足りなくないですか??」
「ここはこうすべきじゃないですか??」
「ここも、ここも、ここも」
正直、言っていることは分かるんです。指摘の内容も間違っていない。ひとつひとつは、めちゃくちゃ正しい。
でも聞きながら思っていたのは…これ、受けた側は明日から動けるんだろうか。
せっかく時間を作って来てもらっているじゃないですか。
気づきが生まれるどころか、受けている人がどんどん小さくなっていく感覚があったんですよね。
終わったあと、気持ちのいい顔はしていなかった。本当に大丈夫かな、と思う場面がいくつかありました。
気づき・アクション・やる気の3点セット

僕が思うスーパービジョンの本来の形は、まず本人の中に気づきが生まれること。
「あ、この場面でこう動いちゃってたな」「聞き方が雑だったな」「自分の気になることばっかり聞いてたな」
その気づきから、「じゃあ次はこうしてみよう」というアクションが本人の中から出てくる。
そしてそのアクションを「よし、やってみよう」と思える状態まで持っていく。やる気まで含めて、ようやく1セット。
気づき、アクション、やる気。この3つでワンセット。
だから、めちゃくちゃ難しいんですよ。
指摘はその入り口にはなり得ます。
でも指摘で終わってしまうと、残るのは「ダメ出しされた」という感覚だけ。
気づきは本人の中にしか宿らないし、アクションは「言われたからやる」にはならないし、やる気はむしろ減る。
利用者さんにも同じことをしている
これ、ボクら対人援助職が利用者さんにやっていることと、まったく同じ構造なんですよね。
「こうしなさい」「ここがダメ」って、指摘したがるじゃないですか。それだと人は動かない。
だいたい、週末にしこたま飲んでいる人間が、利用者さんに「平日のおやつ我慢してます??」って聞くの、お前が言うなよって話じゃないですか。♯自分のことは棚に上げがち
もちろん必要な場面もあるとは思います。
でもどこかで「これ、本当に自分はやれているっけ」という視点がないと、指摘は指摘として届かない。
本人の中で「そっか」が起きて、「やってみる」が出てきて、初めて人は動く。
そこを飛ばしたスーパービジョンは、答え合わせか採点になってしまうんです。
指摘はいちばんコントロールしやすい

ここからは、ちょっと自己開示です。
その日の夜、ボクは「あの人はダメだな」で終わらせられませんでした。
「あんなスーパービジョン、絶対受けたくない」というところだけでは、終われなかった。
なぜかというと、ボクも絶対にそうなる可能性があるから。
どういうときか考えてみたら、答えはすぐに出ました。
完全に自分に余裕がないとき。時間がない、自分のことでいっぱいいっぱい、誰かから責任を問われている。
そういうとき人間は、いちばん手っ取り早くコントロールできるものに手を伸ばすんですよね。
前にも話しましたが、人は負荷がかかると、コントロールできる範囲のものを探したがる。
そして指摘は、いちばんコントロールしやすい行為なんです。
相手の中に気づきが宿るのを待つのは、時間がかかる。
問いを投げて、本人が言葉にするのを待つのは、しんどい。
でも「ここがダメ」は、一瞬でできる。
しかも言った側は、仕事をした気になれる。
ここがめちゃくちゃ怖い。余裕がなくなると、人はそっちに流れるんです。
これは悪意じゃなくて、構造の問題なんですよね。
Voicyの木曜日の回で「テクニックに走るのは本質から目を背けているとき」という話をしましたが、指摘に走るのもたぶん同じ構造。
相手の中で何が起きているかを見る余裕がないから、見える行動だけを直そうとする。
だから「あの人は分かっていないな」で終わらせずに、「人間は余裕がないとこうなる」というところまで見ておかないといけないな、と思ったわけです。
この構造を知らないまま指導する側に立つと、気づかないうちに自分が同じことをやってしまうので。
スーパービジョンをする側で決めた3つ
じゃあ、ボクがする側に立ったときにどうするか。決めたことが3つあります。
1つ目。始める前に、自分の余裕を確かめる。
今日の僕は、相手の話を聞ける状態か。待てる状態か。これを自分に聞いてから座る。
余裕がない日は正直に短くするか、指摘するなら1つに絞る。2つやったらNG。
2つ目。指摘したくなったら、質問に変換する。
「ここが足りない」と言いたくなったら、「この場面、どう感じてますか??」に変える。
相手がどう感じているかを話してもらってから、どうしていくかを一緒に考える。
3つ目。終わるときに、3点セットで確認する。
気づいたことは何か。次にやってみることは何か。それを、やってみたいと思えているか。
3つ目が「はい」になっていなければ、そのスーパービジョンはまだ終わっていない。
偉そうに言っていますが、これは全部、その日の夜に自分に向けて書いたメモです。
自分がやりがちだと思ったからこそ、書いておかなきゃいけなかった。
最後に

今日、誰かに何かを指摘しそうになる場面があったら、指摘する前に質問を一つ挟んでみてほしいんです。
「そのとき、どう思ってました??」
それだけで、指摘が「採点」から「一緒に考える」に変わります。
そして余裕がない日は、指摘したくなっている自分に先に気づいてあげてほしいんです。
「あ、こういうときって指摘しちゃうよな」「今、コントロールしやすい方向に流れそうになっているな」
その気づきが、いちばんのスーパービジョンになるので。
みなさんは最近、指摘したくなった場面で、質問に変えられたこと、ありましたでしょうか。
ではまた。
この話は、Voicyでも話しています👇
naKaraからの補足|naKaraが大切にしたいスーパービジョン
naKaraでは、スーパービジョンを「正解を教えてもらう場」ではなく、「支援について一緒に考える場」と捉えています。
支援には必ずしも一つの正解があるわけではありません。だからこそ、「なぜそう考えたのか」「利用者さんはどう感じていたのか」「次にできそうなことは何か」を対話しながら整理することが大切だと考えています。
支援者自身が安心して迷ったり、振り返ったりできる環境をつくることも、よりよい相談支援につながっていきます。





