もずくが好きすぎて、もずくの商品が鬼のようにあがってくるちゃんさとです。
♯パーソナライズ
♯もずく
どうも、ちゃんさとです。
週に1度は自己開示の日にしているんですけど、今日はちょっと踏み込みます。
「そもそも、ちゃんさとって、いつからこの仕事をしていて、なぜこれを選んだの?」
ここについて、
新しく聴いてくれているリスナーさんや、YouTubeから知ってくれた方にも、ちゃんとした自己紹介になったらいいなと思って書きます。
♯たまには根っこを開示
ボクが福祉に入ったきっかけは、「カバン屋を諦めた」ことだった
正直に言うと、ボク、この仕事に強いこだわりがあって入ったわけじゃないんですよ。
大学を卒業したあと、しばらくカバン屋の店員をやっていました。
カバンが好きで、本気で「カバン屋になりたい」と思っていた時期があったんです。
でも、「自分にはできないだろうな」って、どこかで諦めていた。
そこで選んだのが「じゃあ手に職をつけよう」という道でした。
夜間の専門学校に2年通って、精神保健福祉士という国家資格を取ったのが、2006年度末。
そのまま2007年から、精神科ソーシャルワーカーとして、この世界に足を踏み入れました。
だから、始まりはめちゃくちゃぼんやりしていたんですよ。
「人と関わる仕事がしたい」
「何かの役に立てたら…」
そのくらいの、輪郭のない気持ちでした。
ただ、人と関わることは大好きだったのは非常に覚えているし、絶対人と関わる仕事がしたいって思っていたのは事実。
何回かこの仕事を辞めています
ボク、途中で福祉の仕事を辞めています。
最初に入った病院でいろいろあって。
♯またどこかで書きたいな
ソーシャルワーカーとしての仕事もまともにできていなくて、
「もう、この仕事、辞めよう」と本気で思ったんです。
その後、しばらく日雇いの土方をしていました。
体を動かして、形が残るものを作る仕事のほうが自分には合っているんじゃないか。
そう思って、そっちに振り切ってみたんですよ。
でも、土方をやっている時に、ふと利用者さんの顔が頭をよぎる瞬間があって。
そんな時期に、「もう一度働いてみないか」と誘いをもらってまた福祉に戻ってきました。
また精神科のソーシャルワーカーとして5年くらい。
結婚を機に地元へ戻り、施設入所の職員とかやってました。
新しい肩書きをもらった日
そして紆余曲折あって、たどり着いたのが平成24年(2012年)。
ここが、ボクにとって大きな転機です。
この年、障害福祉サービスを使う人にはサービス等利用計画が必要になる、という制度改正がありました。
そして、その計画を作る役目を担うのが、相談支援専門員という新しいポジション。
ボクは、その新しい仕組みが始まる、まさに初期の世代です。
これね、正直に言うと、めちゃくちゃありがたかった。
ボクは平成24年まで、精神科のワーカーをやったり、施設入所の職員をやったりしていたんです。似ているようだけど、畑違い。もし当時相談支援従事者として活動が始まっていたら、たぶんずっと引きずっていた自分がいたと思うんです。
「なんだよ、相談支援って」
でも相談支援はみんな「よーいドン」でスタートできる新しい仕事だった。
過去の未熟さを一回リセットして、また走り出せる場所がそこにあったんですよ。
「平成24年から27年の3年間で福祉サービスを使う全員に計画を作る」
というミッションが国から降りてきていて。
毎日、書類とにらめっこしながら、前例のない仕事を手探りで作っていました。
ある利用者さんに救われた話
とはいえ、当時のボクを、いちばん苦しめていた質問がありました。
「ちゃんさとさん、結局、何してくれる人なんですか?」
利用者さんにも、家族にも、事業所さんにも、行政の窓口の人にも、同じことを何度も聞かれる。
「サービス等利用計画というものを作って…」と説明しても…
相手の顔は「だから?」「そんなものなんでいるの?」って感じで…。
肩書きはあるけど、その肩書きを自分の言葉にできない時間がずっとありました。
転機になったのは、ある利用者さんとの会話です。
その方は長く入院されていて、地域移行支援というサービスを使って退院していく方でした。
その退院に関わらせてもらう中で、ある日、ぼそっとこう言われたんですよ。
「ちゃんさとさんは、僕自身の暮らしを一緒に考えてくれる人なんだね」
って。
その言葉を聞いた瞬間、ボクは肩書きも制度も全部脇に置いて、
「ああ、それでいいんだ」
とものすごく楽になったんです。
その日以来、ボクは自分の仕事をこう説明するようになりました。
「暮らしを、一緒に考え続ける伴走者です。」
これだけ。
平成24年のあの頃のボクに、いちばん伝えてあげたい言葉です。
まだ答えは持っていない
平成24年からもう14年〜15年。
気づいたらベテランの相談支援専門員と呼ばれる側に入っています。
でも、いまも毎日答えなんて持っていません。
利用者さんに会うたびに、「この人にとっての良い暮らしって何だろう」を、最初から考え直す。
迷うし、間違えるし、後悔もします。
正直、当時の未熟なボクが傷つけてしまった方もたぶんたくさんいます。
それは、いまも心の中でずっと申し訳ないと思っています。
ただ、平成24年の頃と違うのは、
「答えを持っていないこと自体は悪いことじゃない」
と思えるようになったこと。
正解をこっちが持ってきて教える支援じゃなくて、
わからない者同士で、一緒に考える支援。
それが、本当の意味で「伴走する」ということだと、14年かかってようやくわかってきました。
最後にひとつだけ
読んでくれている方の中にも、
「いま自分がやっている仕事の意味が、まだ自分の言葉になっていない」
と感じている方がいると思うんです。
そんな方は、ボクが利用者さんから言われた、あの一言をヒントにしてみてください。
「あなたの仕事を、誰の言葉で説明していますか?」
肩書きでも、職務分掌でもなく、
誰かに「あなたって、こういう人だよね」と言われた一言の中に、たぶん自分の本当の仕事は隠れています。
カバン屋を諦めて、精神科ワーカーになって、一回辞めて、土方をやって、また戻ってきて、気づいたら「暮らしを一緒に考え続ける伴走者」になっていたボクからは、それだけを伝えさせてください。
ではまた。
naKaraからの補足|「暮らしを一緒に考える」とは
この記事にある「暮らしを、一緒に考え続ける伴走者」という言葉は、naKaraが相談支援で大切にしている考え方ともつながっています。
相談支援は、支援する側が「こうした方がいい」と答えを決めるものではありません。
「これから、どんな暮らしをしていきたいか」
「今、困っていることは何か」
「本当はどうしてみたいか」
そうしたことを一緒に整理しながら、その方に合った選択肢や支援を考えていきます。
すぐに答えが出なくても構いません。
生活や気持ちは時間とともに変わるものだからこそ、その時々の状況に合わせて一緒に考え続けることも、相談支援の大切な役割だとnaKaraは考えています。
naKaraの相談支援について
naKaraでは、障害福祉サービスを利用する際の「計画相談支援」をはじめ、地域移行支援・地域定着支援・自立生活援助などを行っています。
「福祉サービスを利用したいけれど、何を選べばいいか分からない」
「これからの生活について誰かと整理したい」
「一人暮らしや仕事について不安がある」
といった段階からでもご相談いただけます。
naKaraが大切にしている支援については、[naKaraの想い]のページでもご紹介しています。
相談支援について気になることや、生活の中で困っていることがありましたら、お気軽にお問い合わせください。





