再検査でのCTが何もなくてほっとしているちゃんさとです。
♯ここ数日いきた心地がしなかった
さて。
本日は「勝手に決めつけるのが危険」ってテーマです。
会議や研修の最後に、
「じゃあ今日の記録、どなたかまとめていただけますか?」
って言われた瞬間、一瞬シーンとなりませんか??
みんな急に手元の資料を見始めたりして。
ボク、ずっと思っていたんです…。
「ボクって、まとめるのが苦手だよな」って。
全部塗りつぶした参考書

学生のころ、精神保健福祉士の参考書に大事なところを蛍光ペンで線を引いていたんですよ。
ピンクと黄色と緑。
……で、気づいたら全部塗りつぶしていました。
重ねて塗ったところは、なぞの緑色になっていたりして笑
カラフルもカラフル。
♯もはや何も強調されていない
どこが大事なんだよって話なんですけど、ボクからすると全部大事に見えちゃうんですよね。
だからメモも要約もめちゃくちゃ苦手。
「まとめるの苦手な人間」
20年くらいずっとそう思い続けてきたんです。
じゃんけんでまとめ係に

でも…最近、ちょっとした出来事がありまして。
あまり知らない人ばかりの集まりで、じゃんけんで係を決めることになったんです。
ボク、負けて「まとめ係」になりました。
まとめたものを紙にして出す。いちばん苦手なやつじゃないですか。
「ああ、やだなあ」なんて思っていました。
知っている人の中なら「ボク苦手なんで、司会やります」って逃げていたんですけど。
じゃんけんだから、やるしかない。
で、終わってみたら…
「わかりやすい」
「まとめるの上手」
って、お褒めの言葉までもらったんですよ。
そして自分で言うのも変な話ですけど、意外とわかりやすかった。
そういえば、本も毎朝なんとなく読んでいるし、毎日発信もしている。
いろいろまとめることをしてきたから、知らないうちに変わっていたんですよね。
ここが、今日のテーマです。
マイナスでも確かめたい
これ、心理学で説明できないかなと探していたら、アメリカの心理学者が研究している「自己確証」という考え方がありました。
ざっくり言うと、
人は「自分はこういう人間だ」というイメージを、確かめたがる。
しかも面白いのが、そのイメージがマイナスでも確かめたがるんですって。
こんな実験があります。
これから話す相手を、2人のうちから選んでもらう。
- 自分のことを良く評価している人
- 自分のことを悪く評価している人
普通に考えたら、良く言ってくれる人を選ぶじゃないですか。
でも、自分に自信がない人ほど、悪く評価する人を選ぶ傾向があったそうなんです。
え、なんで?? って思いません??
理由は、そのほうが安心するから。
「自分はこういう人間だ」というイメージが揺らぐと、世界がよくわからなくなって落ち着かない。
だから、たとえマイナスでも「やっぱりね」と思えるほうを、心が選んでしまう。
決めつけが決めつけを強くする
ボクの「まとめるのが苦手」も、たぶんこれなんですよ。
- 苦手だと思っているから、まとめ役を引き受けない
- 引き受けないから、経験がない
- 経験がないから、「やっぱり苦手だよね」とまた確かめる
決めつけが、決めつけをさらに強くしている。
ただ、この研究にはもうひとつ大事な話があって。
同じ実験で、急がされて考える余裕がないときに選んでもらうと、自信がある人もない人も、みんな良く評価してくれる人を選んだそうなんです。
つまり、とっさの本音は「褒められたい」。
マイナスのイメージを選ぶのは、いったん立ち止まって「いや、自分はこういう人間だから」と頭でモヤモヤ考えたあとなんですね。
これ、ボクはちょっとほっとしました。
人って、心の奥ではちゃんと自分を良く見てほしいと思っている。
決めつけているのは心じゃなくて、頭のほうなのかもしれません。
(ちなみにこの分野の研究は同じ研究室のものが多いので、「そういう傾向がある」くらいで受け取ってもらえたらと思います)
記録の一行が人を決めつける

これ、ボクら対人援助職の現場でもよく見かけるんです。
「私、人と話すのが苦手なんで」
「どうせ続かないんです」
「私には無理です」
そうおっしゃる方がいます。
それは、ずっとそう思ってきたその人の物語なんですよね。
でも、本当に今もそうなのかはわからない。
ボクが「まとめるのが苦手」と思っていたのと同じように、実は違うかもしれない。
だから、ボクら支援する側も注意が必要で。
たとえば記録に「◯◯さんは人前で話すことが苦手」と一度書くと、次の担当者も、その次の担当者も、その一行でその人を見るんですよ。
本人の決めつけにボクらの決めつけが重なる。
そうなると、その人が変わっていたとしても、誰も気づけなくなってしまう。
だってボクも、じゃんけんで負けなかったら、たぶん今も「まとめるのが苦手な人」のままだったと思うんです。
変化はゆっくりすぎて見えない
じゃあ、なんでボクは自分が変わったことに気づけなかったのか。
たぶん、変化がゆっくりすぎたんですよね。
前に「発信は筋トレと同じ」という話をしたことがあります。

筋肉って、1日で目に見えて増えたりしないじゃないですか。
毎日鏡を見ている自分には、わからない。
久しぶりに会った人に「あれ、がっしりした??」と言われて、初めて気づく。
まとめる力も、まったく同じでした。
YouTubeを6年、Voicyを1年、その前はスタンドFM。
毎日しゃべって、書いて、まとめてきたことが、知らないうちに筋肉になっていたんです。
それに気づかせてくれたのが、ボクのことを何も知らない人たちだった。
昔のボクを知らないからこそ、今のボクを見て「わかりやすい」と言ってくれたんだと思います。
才能って、誰かに名前を付けてもらって、初めて自分で自覚するものなのかもしれません。
苦手を過去形にしてみる

じゃあ、どうするか。
まだあまりできていないんですけど、ひとつ思っているのは、苦手を過去形にしてみること。
「まとめるのが苦手」で終わらせずに、「まとめるのが苦手だった」と言ってみる。
それだけで、「今はわからない」という余白ができるじゃないですか。
それから、ときどきじゃんけんで負けてみる。
♯わざとは負けられない
自分で選ぶと、どうしてもいつもの自分を選んじゃうので。
偶然に任せて、やったことのない役を引き受けてみる。
あの日あのまま「まとめるのが苦手」と決めつけていたら、なんかもったいなかったなと思うんですよ。
最後に
もし、自分は◯◯が苦手だと思っていることがあったら。
それを最後にやってみたのは、いつでしょうか。
5年前でしょうか。10年前でしょうか。
もしかしたら、そのあいだに知らないうちに変わっているかもしれない。
その余白は、残しておいたほうがいいのかなと思っています。
みなさんにも、「苦手だった」に言い換えられそうなこと、ありませんでしょうか。
今日も小さな一歩で大丈夫です。ではまた。
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⸻ 参考文献・出典
- Swann, W. B., Jr. (1983). Self-verification: Bringing social reality into harmony with the self. In J. Suls & A. G. Greenwald (Eds.), Psychological Perspectives on the Self (Vol. 2). 自己確証理論の原典
- Swann, W. B., Jr., Hixon, J. G., Stein-Seroussi, A., & Gilbert, D. T. (1990). The fleeting gleam of praise: Cognitive processes underlying behavioral reactions to self-relevant feedback. Journal of Personality and Social Psychology, 59(1), 17–26. 急がされて考える余裕がないときは、自己イメージに関係なく良く評価してくれる相手を選ぶ
- 解説:Self-Verification Theory(Simply Psychology)
https://www.simplypsychology.org/self-verification-theory.html
naKaraからの補足|一人ひとりの変化に目を向ける相談支援
人にはそれぞれ、得意なことや苦手なことがあります。しかし、それらは必ずしも変わらないものではありません。
以前は難しかったことが、経験を重ねたり、周囲の環境が変わったりすることで、少しずつできるようになることもあります。
相談支援の現場でも、過去の経験や記録だけでその人を判断するのではなく、今の姿や気持ちに目を向けることが大切です。
例えば、以前は人とのコミュニケーションに苦手意識があった方も、安心できる環境では自分の思いを伝えられるかもしれません。
「この人はこういう人だ」と決めつけるのではなく、「今はどう感じているのだろう」「以前と変わったことはないだろうか」と考えること。
そうした姿勢が、その人自身も気づいていなかった強みや可能性を見つけるきっかけになるのではないでしょうか。
naKaraでは、一人ひとりの思いやペースを尊重しながら、その時々の気持ちや変化に目を向ける相談支援を大切にしていきたいと考えています。






