娘の文化祭で泣きそうになった話

「娘の文化祭で泣きそうになった話」というタイトルと、眼鏡をかけて涙をこらえる父親を描いたイラスト

45歳にして中学校の文化祭で泣きそうになったちゃんさとです。
♯45歳の号泣日記

さて。
本日は「娘の文化祭で泣きそうになった話」ってテーマです。

うちの娘は中学生なんですが、実はボクの母校に通っているんですよ。

先日、その文化祭に行ってきました。

めちゃくちゃ晴れた、気持ちのいい文化祭でした。

娘は吹奏楽をやっていて、演奏を聴きに行ったんです。

で…泣きそうになったんですよね。

ここが、今日のテーマです。

目次

 吹奏楽に興味はなかった

文化祭の吹奏楽演奏を客席で聴き、胸に手を当てて感動する父親のイラスト

先に言っておくと、ボクは吹奏楽にまったく興味がなかったんです。

学生のころも完全に無縁。

楽器にも触ったことがない。

曲名を言われても、たぶん分からない。♯胸を張ることじゃない

自分が吹奏楽部だったなら、まだ分かるんですよ。

でもそうじゃない。

なのに、演奏が始まった瞬間、胸の奥のほうが「グーッ」となったんです。

もちろん、娘が頑張っているっていうのもあります。

でもそれだけじゃなかった。

自分が通っていた学校で、いまの子たちが一生懸命やっている。

その感じが、なんというか…めちゃくちゃエモかったんですよね。

会場を盛り上げようとしている感じ。

笑いを取ろうとして、ちょっと滑っている感じ。♯それも込みでよかった

いろんな空気感が重なって、気づいたら目の奥が熱くなっていました。

蓋をしてきた感情があふれた

正直に言いますが…

ボク、何かで感動して泣くってことが、ほとんどなかったんです。

子どものころから、傷ついた自分を隠して、人気者のポジションを守ってきました。

感情に蓋をするのが、たぶん癖になっていたんだと思います。

だから、こういう気持ちはあまり外に出さないようにしてきた。

でも…あの日は、あふれんばかりに出てしまったんですよ。

自分でもびっくりしました。

「なんなんだろう、これ」って、あとから改めて考えたんです。

音楽が上手いから、だけじゃない気がしました。

ボクが感動していたのは、たぶん音そのものじゃなくて、音の後ろにあるものだったんだと思います。

本番の前にある地味な日

生徒たちが重ねてきた練習や悩みを想像しながら、客席で演奏を見守る父親のイラスト

ひとつは、自分の当時のことを思い出したんですよね。

部活って、試合や発表の本番は、ほんの一瞬なんです。

でも、そこに行くまでには毎日の練習がある。

人間関係でうまくいかない日もある。

先輩に怒られる日もある。

「もう辞めたい」と思う瞬間も、たくさんありました。

吹奏楽の音を聴きながら、そんなあのころの自分の毎日が、なぜか重なってきたんです。

分野はまったく違うのに。

本番の前にある、たくさんの地味な日は同じなんだなって。

そうじゃないと、こんな音は出せないし、人を感動させることもできないよな…と思ったんです。

 この子たちのこれまでの時間

吹奏楽部の生徒たちが練習や葛藤を経て文化祭の舞台で演奏する姿と、それを見守る父親のイラスト

もうひとつは、ステージに並んでいる生徒たちを見ながら、この子たちの「これまでの時間」を勝手に想像しちゃったんですよ。

45歳のおっさんが。
♯客席で妻が隣

この音が出せるまで、何回練習してきたんだろう。

朝練で、眠い目をこすった日もあったんだろうな。

音が合わなくて、落ち込んだ日もあったんだろうな。

人間関係でギクシャクした日も、ボクと同じようにあったのかもしれないな。

でもいま、ステージの上では最高の笑顔で、最高の演奏をしている。

ステージの上の数分は、その全部の時間が音になって出てきているんですよね。

…そう思ったら、もうダメでした。

親として、というより、ひとりの大人として。

「この子たち、めちゃくちゃすごいな」って、胸がいっぱいになったんです。

ボクらが見ているのも本番の数分

四季の風景と人生の道のりを背景に、相手の話に耳を傾けながら向き合う男女のイラスト

で、帰り道にふと、仕事のことを思い出したんです。

ボクら対人援助職が利用者さんと会うのって、面談の1時間とか、会議の1時間とか、訪問の30分とかじゃないですか。

相手の人生の中では、ほんのわずか。

まさに「本番の数分」なんですよね。

でも、その数分の後ろには、ボクらが見ていない何日分、何年分もの時間がある。

ここに来るまでに、どんな朝を過ごしてきたんだろう。

どんな夜を越えてきたんだろう。

見えている数分の後ろにある時間を、想像できるかどうか。

支援って、そこなんだと思うんです。

目の前の言葉や、その場でしか見えていない姿の奥に、どんな時間や経験が積み重なっているのか。

それを想像しながら、一緒に聞いてみる。

「いま、何か思い出していますか??」

「そのころのエピソード、何かありますか??」

「いま、何を感じていますか??」

吹奏楽の音を聴いて泣きそうになったのと、たぶん同じ感覚なんだと思います。

最後に

今日、誰かの頑張っている姿を見かけたら。

その人の見えていない時間を、ひとつだけ想像してみてください。

「この姿になるまでに、何があったんだろう」って。

家族でも、同僚でも、利用者さんでも、コンビニの店員さんでも、誰でもいいんです。

なんなら、鏡に映った自分でもいい。

想像するだけで、目の前の数分が、ちょっとだけ…本当にちょっとだけ、あたたかく見えると思います。

そして、そう感じたときに自分の心の中で何が動いたのかも、そっと味わってみてください。

みなさんは最近、誰かの「本番の数分」に、心を動かされたことはありませんでしょうか。

ではまた。

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naKaraでは、一人ひとりの思いや歩んできた道のりを尊重しながら、その人らしい暮らしについて一緒に考えていきたいと思っています。

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この記事を書いた人

ちゃんさと@精神保健福祉士/相談支援専門員

誰かの「どうしたい?」を聞いて15年。
自分の「どうしたい?」は、誰にも聞かれない。
対人援助職のための部屋を開いています(初月無料)。
障害年金・障害福祉はYouTubeで(3.7万人)。
すり減らない働き方の話→ https://chansato.substack.com

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